みずの備忘録

どこかの国公立大の理学部生。ジオがすき。いきものも好き。

図書館奇譚 村上春樹

先日、今の市に引っ越してきてはじめて、図書館までぶらぶら散歩しに行った。

全てが春のふんわりとした陽気で、図書館近くには野良猫がいた。

なんか、この日のことは忘れられないと思った日だった。多分死にたくなった時に懐かしくこの時を思い返すのだろう。

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図書館で探していたのは人類学の本だったがここにはなかった。そのまま帰るのも癪だったので、先延ばし癖がある私でも読める短編集を探した。その1冊がこれ。

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主人公の「僕」は本を借りに図書館に行く。

司書に案内された部屋に行くと、中には不気味な老人がいた。

老人に求めてる本の名前を伝えて、老人が本を持って来たところで「僕」は借りようとすると

「その本は3冊とも貸し出し禁止なんじゃよ」と言われる。

時間が遅かったため、「僕」は改めて本を読みに来ると言うと、老人は気分を害した。断るのが苦手な「僕」は本を30分だけ読んで帰ると伝えた。老人は満足し、読書室に連れていく。

ところが読書室までの道がおかしい。真っ暗な迷路のような地下階段と通路を通ってゆくと、漸く薄い黄色い光が漏れた部屋に辿り着く。

中には羊の皮を被った羊男がいた。代わって、羊男が先導して読書室に案内を始めた。また、道は迷路になっていた。漸くたどり着いた先は牢屋だった。老人は

「黙ってその中に入れ。そしてその3冊の本を全部読んで暗記してしまえ。一ヶ月後にわしがじきじきに試験をする。きちんと暗記しておったらここから出してやる」

と伝える。老人は反論しようとした「僕」に柳の枝のムチを振り下ろした。「僕」が避けるとそれは羊男の顔に当たった。老人は腹立ちまぎれにもう一度羊男を打った。

羊男がきのどくになった「僕」は大人しく牢屋の中に入った。

「ねえ羊男さん」(中略)「一ヶ月後に本当にここから出してくれるんですよね」

「いや」

「じゃあどうなるんですか」

(中略)

「うん、つまりさ、のこぎりで頭を切られるんだよ。それで脳みそをちゅうちゅうと吸われるのさ」

羊男がいってしまったあと、「僕」は牢屋で泣き崩れていた。いつの間にか6時半になっていた。

7時になると、見たこともないような美しい少女がワゴンを押して夕食を運んできた。

〈もう泣くのはやめて、ごはんをお食べなさいな〉

少女は幼い頃に声帯をつぶされ、声が出せないようだった。だが、不思議なことに声は胸の中から湧き上がるように聞こえてきた。

夕食後、「僕」は本を読み始めた。

9時半に羊男がやってきた。羊男に食事を持ってきた美少女のことを聞いたが、羊男は

「変だな。食事はおいらが持ってきたんだよ。その時君はぐっすり寝ていたんだぜ。おいらは美少女なんかじゃないよ」

と答えて僕は混乱した。

次の日の夕食時、また美少女がやってきた。

「君はいったい誰なの?」

〈私はわたし、それだけよ〉

「でも羊男さんは君は存在しないって言ってるよ。それに……」

〈羊男さんには羊男さんの世界があるの。私には私の世界があるの。あなたにはあなたの世界がある。そうでしょ?〉

〈だから羊男さんの世界で私が存在しないからって、私がまるで存在しないってことにはならないでしょ?〉

夕食を食べながら少女に過去のことを「僕」は話す。「家に帰らないとお母さんが心配しすぎる、小さい頃に犬に噛まれたから。それにむくどりに会いたい」と。

それを聞いた少女は、羊男と「僕」と少女の3人で、新月の夜に逃げようともちかける。

 

新月の夜、羊男がドーナツを持ってやってくる。

「やあ」「今晩ここから逃げ出すんだって?」

「どうしてそんなこと知ってるんですか」

「どっかの女の子が教えてくれたんだよ、すごく綺麗な女の子だったな。このへんにあんな女の子がいるなんて全然知らなかったよ。どうしてかな?きみの友だち?」

そして、羊男を先導に僕は逃げ出す。美少女は後から追いかけるという。

迷路の道を迷いそうになりながら、どうにか老人のいた部屋にたどり着いた先には、老人が待ち構えていた。老人の元には、昔、「僕」を噛んだ犬がいた。犬は血みどろになったむくどりを歯の間に加えていた。

老人「お前は犬に食わせる。心臓と脳味噌だけを取り分けてから、あとの体を好きに食いちぎらせるのよ。肉と血と骨で床がどろどろになるまてまな。」

そのとき、むくどりのからだが犬の歯のあいだで少しずつ膨らんでいることに「僕」は気がついた。むくどりは犬の口を大きく押し開けて、犬の口がさけた。老人はあわててむくどりをムチで打ったが意味はなかった。

〈さあ、今のうちに逃げるのよ〉後ろで美少女の声がした。僕は驚いて振り向いたが、後ろには羊男しかいなかった。

羊男と「僕」は逃げ出し、部屋を出て、閲覧しつの窓をこじ開けて、走り疲れて公園の芝生に寝転んだ。

ふと気がついたとき、「僕」はひとりきりになっていた。家に帰ると何事も無かったように母親もむくどりもいた。

そしてこの一文でおわる。

先週の火曜日、母親が死んだ。ひっそりとした葬儀があり、ぼくはひとりぼっちになった。ぼくは今、午前二時の闇の中でひとりきりで、あの図書館の地下室のことを考えている。闇の奥はとても深い。まるで新月の闇みたいに。

 

感想

羊男、少女、老人、犬は何者だったのか?むくどりはなんの象徴だろうか?少女は今にも消えそうな儚さがあるという描写があったが、死んだ「ぼく」の母親と関係あるのか。