みずの備忘録

どこかの国公立大の理学部生。ジオがすき。いきものも好き。

V.T.R.

同じ部活のひとつ上の先輩が貸してくれた本。先輩は今年度(2022年度)で卒業しちゃうけど、また仲良くしてくれると嬉しいな。本いつ返そう。

 

イチ。T

この本は次の一文から始まる。

三年前に別れたアールから電話があった時、俺は裸で女と寝ていた。

また、続く文章で、俺(以下、ティー)には

彼女が5人いること、共に寝てた女はそのうちの一人であること、毎晩のように誰かと寝ていることなどが分かる。

また、アールや好きな女の子についての描写が細かく、かなり容姿や服装に拘りがある事が伺えた。

 

この章では、元カノであるアールから

「今からティーはアールの酷い噂話を沢山聞くことになる。だけどティーと暮らしてた頃のままアタシは変わっていないことを知って欲しい」

と連絡が来る。

 

ティーは、アールは良い女だったと思い返し、また彼女と話したい、アールと比べてしまうから他の女の子とは恐らく別れるだろうと考える。

 

この章の中で好きな表現を紹介する。いつかどこかで引用出来たら嬉しい。

電話のコール音は、三年前別れた時から変えてなかった。アールからの着信専用のメロディー。小さい頃に両親と死に別れた女には相応しい『子供の情景』の一曲・トロイメライ(シューマン作曲)。

クラシックとか有名な曲引用できるようになったらかっこいいよね。

 

何事にも例外ってのはあるし、だいたい自分が理想だって思ってる女像なんてのは、現実に付き合う女とは得てして一致しないものだ。

だけど、そっちの方がより深くはまっちゃったり、愛したりできるわけだから人間は不思議だ。

本当にその通りで、タイプじゃない人と付き合って意外と上手くいくってあるよね。私の場合は相手は男性になってしまうけれど、付き合った人はみんなイケメンだとか、好きな芸能人に似てるとか、スタイリッシュだとか、オシャレとか、全くそんなことは無い。(過去の付き合ってくれた男性たち、貶してごめんなさい)

でも、例えば最初顔立ちは悪いな、と思っても色んな表情を見ていくうちにその顔が大好きになったり、ダサい服着てても何か愛おしくなったりしてくるのはなんでだろう。

恋は盲目ってやつ?スピッツの草野さんだったらなんて言うのかな、こういう気持ちのこと。

 

俺は、アールに電話をかけた。だけど出なかった。(中略)電話が解約された旨を色気の欠片もないお姉さんのアナウンスが俺に伝えた。

このお姉さんは生きてる声なのかな。それとも機械で作ってるのかしらん。この人が自分の好きな男の前では怒って声を荒らげたり、泣いたり、よがったりしてるところを想像してみると少し気分が晴れた。何だか人間を好きになれそう、と思う。

(このお姉さんが生きてる人間ならば)仕事では、無機質な声でアナウンスをしているけれど、好きな人の前では人間らしく喜怒哀楽を表現していたらそれは確かに好感がもてる。

それを「何だか人間を好きになれそう」と表現する作者は上手いなあと感じた。

 

ニ。マーダー

ここで、いきなり銃を取り出すシーン。どうやら、ティーは「マーダーライセンス」という人を殺すことが許される特別免許を持ってるらしい。マーダーライセンス協会(以下、協会)が法の目をかいくぐってる悪人のリストを渡してきて、ライセンス所持者つまりマーダーが彼らを殺せば協会がお金を払ってくれるというシステムらしい。マーダーになれるのは1000人きっかりで、マーダーの誰かが死んだ時にだけ公募をかける。

 

ティーだけでなくアールも、マーダーでしかも凄腕だった。優秀だったアールの一方で、ティーはよくなぜマーダーになったのか、なれたのかをよく聞かれるようだ。

ティーがマーダーになった理由は祖父母と両親がマーダーだったからとあった。ティーが幼稚園の頃他の家族4人全員が仇討ちで殺され、協会はマーダーの募集をかけた。ティーは試験官側の同情心からか、他の人よりあっさりと受かった。

このような過去の経緯を述べて、ティーがバイクで街に出ていくシーンでこの章は終わる。

 

サン。テッド

街に出たティーは買い物をした後に、情報屋のテッドに公衆電話から電話をかける。

情報屋、テッド。数年前からこの街に住みついたケチな情報屋で、たまに仕事で世話になっている。はっきり言って、情報屋としては五流以下。遅いし、真偽のほどもよく確かめないデータを勝手に売りつけるような真似も平気でやる。今まで俺がかかわった情報屋の中でワーストワンだ。

どうやらティーはテッドのことを嫌いのようだ。優秀な情報屋ではないテッドだが、テッドがアールに惚れていて固執していたことを知っていたため、ティーはテッドにアールについての情報を聞くことにした。

指定したお店で、テッドは自慢話(多分虚構や見栄も入ってる)をする。

アールの情報を聞こうとすると、テッドは嫌な風に笑った。「随分変わっちまった」とテッドが言ったアールの情報は以下のようだ

・体をあっさり安売りしている。

・個人で売ってるだけではなく、家出娘や不良娘を束ねて会社のように売春させている。そうやって国の要人やお偉い方の相手をして荒稼ぎをしている

・トランス=ハイの一味のマーダーを殺している(トランス=ハイはこの時点では何か分からないがどうやらトランス=ハイの息のかかったマーダー殺しをしているらしい)

 

ヨン。殺し屋337

殺し屋『Trance High』(トランス=ハイ)の説明から始まる。トランス=ハイとは、詳細が一切不明のこの国ナンバーワン・マーダーでライセンスナンバーが337番の人だと言う。10数年前マーダー界にデビューして、その年の確定申告で、人殺し・傷害の数、利益成績全てで1位を記録した。以後、2位以下を大きく引き離して1位の座を守ってきて、組織や人と群れずに生活しているようだ。一方で以下のような特徴もあるという。

・女を殺さない。但し重症までは平気で負わせて生殺しする。

・生まれながらの殺し屋気質。生きて帰ってきた女性たちによると、とても楽しそうに人を殺すようだ。

・名前の由来。

最初はトランス=ハイという名前ではなく、マーダー番号の337で呼ばれていた。337はある時現場で遺留品として、血の海の上に真っ白い粉(依存性や健康被害が殆どない強い麻薬、トランス・ハイ)が遺されており、それが彼の名前の由来となった。

・ファミリーの設立。

大活躍だったトランス=ハイだったが、ここ数年急に1位から転落し、誰も殺さず、確定申告もしなくなった。代わりに席巻するようになったのが「トランス=ハイ」のファミリーたちだ。大ボスの名の元依頼を受け、代行で仕事をこなし、ボスと違って女も殺すようだ。

 

ここでトランス=ハイの説明はおわり、テッドとの会話に戻る。

テッドによると、今のとこトランス=ハイには犯人がアールだとバレていないとのこと。だが、確定申告の時期が近づいていることもあり、バレるのも時間の問題だ、アールは本当にヤバいとティーは思う。

テッドは「お前がアールと別れたりしなければこんなことにならなかった。お前を恨んでる。」と告げる。

ティーは銃をテッドに突きつけるが、テッドの一言が引っかかり気持ちが萎え、銃を下ろした。

テッドは

「お情けでライセンスをもらって、だけど満足に人も殺せない。腑抜けのマーダーじゃないか。なまくらの銃なんか持ち出しやがって、もうとっくに錆びてるだろう?」

と罵った。ティーは銃はJの特注品でなまくらじゃない、今逃げ切れば俺は撃たない、と告げ、テッドは逃げた。

 

ゴ。S

この章は、アールとティーがお気に入りだったポルカ・ドットというお店でのオーナーSとの会話のシーンから始まる。

Sは目が見えないらしいがそうは思えないほどの慣れた手つきでお茶を淹れながらティーと会話する。

テッドから電話があった、来ると思ってた、とSは告げる。

テッドは「ティーに殺されかけた」とSやJ、Sの目の先生であるYのところにまで連絡していたようだ。

S(女性)はJ(男性)の恋人でJは2階で工房をやっているらしい。

Sにティーはアールの様子を聞く。

アールは時々、Sのお店にきていたらしい。だが、半年くらい前から来なくなったと。

Sにティーは聞く。「お金を貸しましたか」と。Sは誤魔化そうとしたがあっさりバレる。しかもS含め周りの人にかなりの金額を借りてたらしい。

ここで、Sの過去の話に移る。Sは目が見えている時までは絵描きだったようだが、数年前酷いスランプに陥って死のうとした。1人では上手く死ねず、トランス=ハイに手紙を出して自分を殺すように頼みトランス=ハイはそれを引き受ける。

約束の日の夜、Sはベッドでトランス=ハイを待った。トランス=ハイは、部屋に置いてあったSの絵を見て、気が変わり、Sの目を壊して、去った。Sは約束が違う、と泣いた。もう絵は描けないと。

そんな時Sは今の恋人Jと出会った。可哀想なことに、Sは恋人Jや綺麗な顔立ちのアールやティーの顔も見たことがないそうだ。

 

アールと別れた時、Sにぶたれた。J、A、ドクターYはそれをとめなかった。

アールは

アタシと別れて、あなたはどうなっちゃうのかしらぁー?

底抜けに明るい大声で、去り際のアールは言った。目を細め、愛おしい男を見る目でまだ俺を見てくれた。大好きよ、ティーティー、だいすき。バカね、アタシのことが選べないなんて。本当にバカ。価値のあるものが何かわからないなんて。

アールと別れた原因ははっきりティーは覚えてない。ただし、浮気では無いことははっきりわかっている、とだけ。

 

ロク。J

階段をあがり、ティーはJと会う。Jと話の中で、ティーはJへの信頼と敬意を持ってることを伺わせる文があった。

たとえばもし、銃身の先端に小石が詰められていたとする。ひっかかっていたとする。そのまま発砲すると銃身が破裂して大怪我をする。場合によっては俺の頭が吹っ飛ぶような細工をすることだって、Jなら可能だろう。だけどね、俺はJが好きだから、絶対に銃の中を確認しない。(中略)

これってかなりの愛じゃない?中に何が入っていても受け入れる、至上の愛だよ。

J曰く、アールはデリンジャー(小型の銃)を150程半年前に買ったらしい。また、カードもアールの名義で数枚作る手伝いをし、カード会社から後に利用限度額を超えた上に未払いも溜まっていたという。

 

この章の最後にティーとアールの回想シーンがある。

俺、マーダーに向いてないと思うんだ。

付き合って間もない頃、アールに告白した。(中略)

大好きになったから、言わなくてもいい告白をついしてしまうはめになった。アールに俺の全部を知って欲しいとか、そういう不条理で恥ずかしい欲望がありました。告白します。

最後の段落を見て、人間やっぱりそんなもんなんだなと感じた。好きな人にはとことん自分のこと知ってほしいよね。私だけじゃなくて良かった。

 

ナナ。A

 

Aの家をティーが訪ねるシーンから始まる。

Aの家は電球も切れてる上に遮光カーテンで暗く、箱庭で溢れている。

Aは家から出るのが怖く、引きこもりだが箱庭療法を専門でやっている心理学者でセラピストという。しかも腕は一流という。

 

こいつの家は、どの部屋でも灯りがちょっと暗い作りになっている。病気になっちまうっての。俺はたまに来るだけだからいいけど、毎日この中で生活してるわけでしょう?

指摘すると、Aは微笑んで「大丈夫だよ」と答えた。

大丈夫かどうか、なんていうのは他人が決めるんだ。お前はちょっとおかしい。

大丈夫かどうかは、他人が決めるというのは斬新な発想。普通、大丈夫かどうかは本人が決めるのが正しいと思われることが多い気がするけど、その中でこのティーの発言はなんというか、自分をしっかり持ってるティーらしい。

心を病んでいるってのは、どこで自分を発散していいのかわからない状態なんだ。

だからそういう時にね、湿った砂や土の感触、手で直接触る感覚が大事になるんだ。すごく安心できて、自分のことを任せてしまえるようになる。箱庭を作る時は、そこですること全てが療法の対象だよ。

最初の2行はその通りかも、と思った。

病んでるととにかく意味ないのにTwitterとかに書き込んで発散したい自分がいる。

辻村深月さん、どうしてこうもわかるんだろうか。

 

また、Aには第2の顔がある。それは植物の品種改良―それでできたトランス・ハイの栽培だ。毒性と依存性のない薬物作り。それでAは稼いでいるようだ。

作ったばかりの麻薬「トランス・ハイ」が世に出始めた頃、Aの愛するうさぎを殺した(それがAの引きこもりの原因らしい)殺し屋337が現場にそれを残して去った。そのことで、自分の薬が広まった。Aは内心複雑だろうけど、1度だけ「あいつも人間なんだね。」とコメントした。

 

殺し屋337、トランス=ハイも薬物をやらないとやってられないような事情があるのだろうか……と考えてしまう。

 

最後はこの文章で終わる。

Aの幼少期に、ウサギなんか多分いなかった。俺はそれを知ってる。(中略)

理想のウサギはいなかったし、Aには過去やきっかけが必要だったけど、JやSのようなそれも持っていない。Aは自分でウサギを抱えることが必要だった。痛みを持たないと、それに依存しないと生きられない。

だからトランス=ハイに理想のウサギを殺してもらうことに決めたんだ。そうでしょ?A。自分で決めたんだよね。

「痛みを持たないと、それに依存しないと生きられない。」という一文が刺さった。

私も多分そう。私も心の中に「死んだウサギ」のようなものを飼っている。そうじゃないと生きていけない。自分が無くなる気さえしてしまう。この坩堝からどうやって抜け出したらいいのか、「死んだウサギ」を飼い始めて9年経ってもまだ分からない。

 

ハチ。ペロッチSUN215

ティーがAの家を出て、エデン(墓地とゴミ捨て場しかない山の名前)に向かう描写。

中でも特に、エデンは使われなくなったがまだ生きているロボットのゴミ捨て場を指してティーは呼んでいるようだ。

ティーはスクラップの中、「ペローッチ」と呼びかける。

戦車のゴミの上でアールが子の曲が好きだ、とトロイメライを歌っていた。ティーがアールからの着信音をトロイメライにしたのはそれが理由だとティーは思い出す。

「ペローッチ、いないのか?油差してやるぞー」

雨風が凌げる場所だ、と思いついてティーは戦車のハッチをあけた。中には、ティーの腰くらいの高さのロボット、ペロッチがいた。

 

ペロッチSUN215はアールのお気に入りだったロボットで、エデンでも1番の旧型ロボットだ。エデンは政府公認のロボットゴミ捨て場で、時々生きているロボットを始末する。

アールは、ここのロボットが大好きだったが、調子の悪いロボットに油を差してやったり、軽い故障を治すくらいはしても、絶対に燃料は与えないし致命的な故障は直さなかった。

政府のロボット清掃が入る時はアールは毎回エデンに寄り付かなかった。家でエデンの方向を気にしたり、砲撃の音に顔を凍りつかせたりはしていたが、決してロボットを家に連れ帰ることはしなかった。

ペロッチはSUNという名前がついている通り、燃料は要らず、太陽光を吸収して生きる。一方メモリーに障害があり、長い記憶がつづかなく、知能も低い。ただ、アールのどこに隠れたら長生きできるかなどの忠告はよく覚えてきた。

エデンの手前にある墓地は、死んだロボットたちのもので、ティーとアール、ペロッチで丁寧に墓を作ったものだ。

 

戦車から出てきたペロッチは白いムートンコートを着ていた。ティーはアールのものだと確信した。ペロッチの腹の部分の一部が顕になっており、それを接着剤で直そうとした形跡があった。コートはきっと接着剤がきちんと固まるように置いていったものだろう。

あいにく油を持っていなかったティーをみて、ペロッチは「ウソツキ」と怒り出した。ティーはアールが来たかを聞いたが、臍を曲げたペロッチは逃げて答えてくれず、ティーは山を降りた。

降りる途中、山のてっぺんから衝撃音が聞こえた。ティーはエデンへと引き返す。

そこにはマシンガンを持った政府ロボットがいた。ティーは政府ロボットに向けて、撃った。壊れて火をあげる政府ロボットの前に、動けなくなったペロッチがいた。

「お前ら今日、隠れてたもんな。俺が来たから出てきちゃったけど。今日、政府の処理日だったのか。悪いことした。」

「T」

(中略)

「R  ココニ キタ」

(中略)

「ペロチヲ タスケテクレタ ラ オシエテ イイッテ」

戦車の奥に帰ろうとするペロッチに「俺と来る?アールはいないけど」とティーは声をかけた。ペロッチは大好きなアールに会えるチャンスが無くなる、と迷う。

ティーはさらに、「すぐにここに戻してやる」「胸の傷だけきちんと直そう。直せるヤツ、心当たりあるんだ」

とJとSの話をだす。迷った挙句ペロッチは行くことを決めた。

ティーはアールが心配しないように、戦車の上に「ペロッチは修理に出します、ルールを破ってごめんね。」と伝言を残した。

アールごめんね。あんなにアールが耐えたのに、俺はアッサリそれを破る。最低です。責任感ないです。見たら、きっと怒るよね。ゴメンナサイ。俺、土下座するからさ。許してね。

(感想↓)

所々にアールを思い返す表現があるのがいいね、人が人を思う気持ち、綺麗だと思った。

 

ティーが友人からの以来で、エデンのオンボロロボットを壊した翌朝、ティーはアールに銃口を向けて殺してやると言ったことがあった。

ティーは五分五分の確率にかけ、アール、俺は君の男だよ、と言い銃を引く指に反応があった瞬間、アールを引っぱたいた。そして倒れたアールを抱きしめた。アールは暴れてベッドから落ち、大声で泣いた。ティーは元通り仲直りしてキスに持ち込み、ベッドの中で有耶無耶にするまでの長い時間、アールはティーを罵り続けた。

 

ここで、Jの元にペロッチを持っていった場面に変わる。修理をお願いし、ティーはお金がすっからかんになる。「キディちゃん」からの入金を期待するが、それはなかった。

 

キュウ。Y

この一文から始まる。

ドアを開けた途端、ドクターの顔が凍りついた。

※ドクター=Y

後の会話で明らかになるのだが、ティーインパクトを与えようと往診で不在のドクターの病院の窓ガラスを割って入ったという。

つまり、「ドアを開けた」のはティーではなくドクター。でも1文目から読むとティーがドアを開けたのかな?と思うよね。こういう表現上手いなあと思う。

 

ドクターは「(アールにドクターは片思いしていたのにも拘わらず、ティーとアールが別れて)どの面下げて来たんだ」と怒る。

ドクターはずっとアールに惚れているから、傷つけたティーを許せない。

 

ティーはドクターに、アールのことを教えてくれという。

ドクターは、ティーがアールを何とかするという条件の元、話すことに決めた。

アールは、1年ほど前から急に麻薬に溺れた若い女の子達を連れてくるようになったという。Aのところから持ち帰ったトランス・ハイで、依存性の強い女の子たちの麻薬を抜くために使っていたらしい。回復した女の子たちにはJのデリンジャーを護身用に持たせ、仕事をしてもらう。

そのうち、アールは、乱暴に抱かれた女の子や、抜けた麻薬をまた身体に流し込まれた女の子、更にはもう息を引きとる寸前の子、死体を連れてくるようになったという。プロだから見分けくらいつくだろうに。

 

Yはアールの事がずっと好きだった。何度もアールに告白しては断られていた。しかしティーとアールが別れた時という最大のチャンスを逃した。その時ならアールは靡いてくれそうだったのに。ドクターは、アールの弱みにつけ込みたくなかったとかそういう理由ではなく、ティーのことを気にして動かなかった。

ティーはドクターのためになにかしてあげられることはあるのか?どうやって気持ちを伝えるか?と考えているうちにアールは姿を消してしまった。ドクターが待っていたのはアールの回復ではなく、ティーがきちんと二本足で立てることだった。

 

最後にアールが来たのは2週間前だという。

最後にアールがドクターの所に来た時、Sの診療中だったという。目が見えないSは「アール?」と聞いた。アールは泣き出しそうになりながら首を振り、ドクターは違うとSに伝えた。アールは、Sを抱きしめようとしたが、できず、ソファに座り込み声を殺して泣いていたという。

 

ジュウ。VTR

ペロッチの頭の中に残っていたメモリーティーの元に届く。

ペロッチはアンティークマニアの間で取引されるようなもの、VTRを搭載していた。ペロッチの記憶と言えるものだ。

 

そのうちの一つの記憶。

ペロッチに向かってアールが呼びかける。ペロッチはアールの方に向かい…転んでしまった。

「R R コワレタ」とペロッチの声がする。

アールは泣きそうになりながら応急処置をし、「ペロッチだけは直して連れ帰ってもいいと思う時がある。でもそうなると、エデンの全ての子を直したくなり、全てを直せない自分が嫌になる。ごめんね。」とコートを着せた。

アールは戦車の上に乗り、驚くべきことを言った。「ティー」「ティー、愛してる。一人ぼっちにならないで。アタシはあなたを愛してる」

 

そこでVTRは終わった。

ティーはしばらくそこから動けなかった。

アール、アール、アール。俺もだよ、アール。言葉にできないくらい。そのくらい、俺は君のことを。

 

アールの死体が見つかったのは、その翌日のことだった。

 

ジュウイチ。R

アールの死体は顔を潰され、手足の爪を剥がされて、指紋を焼かれ、裸の状態で海に浮かべられてた。身元を分からなくするための工作かと思ったが、歯はきちんと残されていた。歯型は身元の照合を可能にするものなのに残された。つまり、見せしめのためのようだった。

アールを殺した相手は彼女の死を見せつけたい相手がいたようだ。

 

死んだのがアールだと分かった途端、Yドクターは自分の病院に死体を引き取った。解剖も何もかも彼が面倒を見ると言い張った。

 

アールの体は傷だらけだった。顔を潰されたこと、輪姦されたこと、そういった酷いことは全て死後行われたらしい。

アールが死んだのは、ティーの家にアールが電話をかけてきた夜だったらしい。

知って言って欲しかったの。誰に嫌われても罵られてもいい。それを歓迎するわけじゃないけど、そこは諦めてる。仕方ない。でも、ティーには覚えていて欲しい。アタシは変わってない。

電話があったのはティーだけにだったという。

 

アールの死体が上がった日から1日後、同じ海岸でアールの着ていた黒いドレスと一緒に沈められていた銃が見つかったという。その銃には「TRANCE High」の刻印があった。

トランス=ハイが復帰の仕事でよりにもよって初めて女を殺したのだ。

 

いきなりの急展開。アールは死ぬことが分かっていたのだろうか。そしてトランス=ハイは何者なのか、なぜ殺したのか。

 

ジュウニ。Trance High

Jの所にティーが電話をかけるシーンから。

JとSは凄くRの死を悼んでいた。

アールはマーダー専用の破格の保険に入っていたという。その保険金で、借金が綺麗になるように分配された。

 

ティーはJに銃を注文する。お金は今ないが幾らでも必ず用意するから、出来れば明日中にと。

Jはティーに言う。

これは、全くの俺個人の意見で、だからら現場を知らないただの商売人の戯言だ。気にしなくていい。だけど、聞いてくれる?

(中略)

人殺しに、美学はないよ。

Jの父親は、トランス=ハイに背中を撃たれ、母親は耳を片方吹っ飛ばされたという。どうしてJは現場を知らないと言えるんだろうとティーは思う。

 

2日後、Jからの小包と、協会の会報が届いていた。

Jからの手紙には、二年前にトランス=ハイの銃が出品され、死にものぐるいで落札した恐ろしく美しい女がいたことが書かれていた。

協会からの会報には、アールの追悼特集と、キディちゃんが殺されたことが書いてあった。アールにだろう。

 

ティーは銃を持ち、外へ出る。銃の刻印は「Trance High」。

 

ここでどんでん返しだ…。「ティー」は「トランス=ハイ」のティーだったのか。名前すら伏線とは。

 

ティーは銃を見つめながら思う。

アール、俺は戻ってきた。人殺しを楽しんでしまうものはマーダーに向いているのか?ずっと悩んで出した結論だったのに、またここに戻ってきた。人殺しが楽しくて、それ以外のことに夢中になれない。そんな自分に俺は自分で腰が引けてしまった。臆病者で腑抜けのマーダー。

ティーのライセンス337番を知っているのは、アールとJだけだと言う。Jが全て止めてくれておいているから、Sは見えない目をただ恨むことが出来るし、Aは殺されたウサギを抱えることが、ドクターは人殺しどもを憎める。

 

感想

Aがウサギをトランス=ハイに殺されてないことを知ってる理由は、ティーがトランス=ハイだったからなのか…全て納得が行く。

 

トランス=ハイの銃が上がってきて一番驚いてるのはそれを捨てた当人たちだろうとティーはおもう。アールがそれを持っていたのだと。

 

トランス=ハイの名前をファミリーの名として拝借したいと、アールに殺されたキディちゃんの提示した条件金額をティーは歓迎した。

そして、マーダー稼業が嫌なら誰かに食べさせて貰えばいいの、というアールの言葉が続く。

 

アールを殺したやつをティーは絶対に追うと決める。

殺した人間の名前や利益、障害の数を報告する3月が来る前(今は1月)にアールを殺したやつを消さなければならないと決心する。

それは、トランス=ハイがこの世でただ1人だけ自分の手で殺した女、とアールが呼ばれるのが似合うと思ったから。

 

最後はこう終わる。

一人ぼっちにならないで。アタシはあなたを愛してる。

 

殺し屋トランス=ハイは、生涯ただ1人の女を愛して生きていく。俺は目を開ける。新品の銃を胸から引き出し、息を吸う。

さぁ、始めようか。この世の地獄を見せてあげるよ。自分たちが目覚めさせてしまったものの名前を存分に知るがいい。

ロイヤルブルーのボディ、刻印の赤。俺の名前が刻まれる。光の下で、銃が輝く。

 

俺は君を胸に抱き、決して一人ぼっちにはならない。

 

感想。

アールが殺されたのはタイミングが良すぎる。アールは死に目を分かっていたのだろうか。そしてどうして2人はお互いのことが好きなのに別れてしまったのか…。

 

俺は君を胸に抱き、一人ぼっちにはならない、という最後の言葉も良かった。

 

好きな人が死んでも、胸の中で生かしてそれを糧にするという生き方もあるんだね。

 

EGOISTのPlanetesの

「約束だけが繰り返しても あなたの記憶に私はずっと生きてる」

という言葉を思い出す。

 

好きな人、大事な人と別れるのは寂しいことだけど、胸にその人を生かして生きる、そういう強い生き方をしたい。

自分の話だけど、最近別れを経験した。すごくお世話になったカウンセラーさん。親の介護で実家の広島に帰るという。

広島に関することを見聞きする度私は彼のことを思い出すんだろうな。

でも最後にこんな言葉を貰った。

「僕が居なくなっても沢山作品作ってね、汐雨さんの作品すごいから、後は貴方のやったことが巡り巡って僕や僕の娘を助けるなんてことが世の中にはあるからね」なんて。

お世辞かもしれないけど嬉しかった。

 

あなたから貰った言葉、決して忘れたくない。